東京ハードボイルド

インターネットを使い始めてからもうすでに20年以上の月日がたっていると考えるとなんだかぞっとする。

3年前に台北に行ったときのこと 第十一章 さらば、一人ぼっちの台湾


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これは3年前に台湾へ行ったことを電子書籍化した文章を、ブログ用に追記、校正したものである。全部で十三章になっている。

前回までのあらすじ
40歳になる前に海外旅行へ行ったことないおっさんが、台湾へ一人で行こうとしてパスポートを取ったりする。航空チケットやホテルの予約などに奔走し、ようやく空へ飛び立つ。台湾に到着後ホテルへ向かい、すぐに観光に出かける。まずは行天宮に向かって人の多さに圧倒される。その後、近くにある占い横丁へ向かい占いを堪能し、腹が減ったので夜市へ向かうことに。夜市では思った以上に食文化の違いにカルチャーショックを受け、結果日本食の定食屋で夕食を食べ、翌朝の朝食を買うためにコンビニへ向かう。無事に朝食をゲットして翌朝、ニニ八公園へ向かうことにしたが、雨で誰も公園にいない。国立博物館へ向かう。博物館を堪能して総統府と台北駅に立ちよったが昼になり腹が減ったので小籠包を食べるためにさらに歩いた。しがし、小籠包をあきらめさ迷い歩いた先でラーメン屋に入る。ラーメンを食べることに成功したあと、ラーメン屋と同じデパート内にあるサウナに行ってみることにした。初体験のサウナでさらなる未知の体験をして、そそくさと雨の中を歩いてホテルに帰り、二日目を終えた。

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第十一章 さらば、一人ぼっちの台湾

帰国の日

翌朝8:00
土曜日の朝が来ていた。もちろん旅サラダの嘘くさい三船美佳のリアクションを見ることはできないし、勝俣の馬鹿騒ぎも、ラッシャー板前が何か食っているのも見れない場所、それが台湾の土曜の朝なのである。
日本にいる時にこんなに眠ったことは数年間無かったように思う。それぐらい眠った。台湾旅行の少ない成果の中の一つである。
早く目覚めたからと言って何もすることがない。定年後6年ほど経過したおじいさんの気持ちはこんなものかと感傷的になることも想定内である。

 昨日見ることができなかった太極拳をやっている人を見に行く気にもなれない。なぜなら外は相変わらずの雨なのである。

 

窓の外に見えるのはおびただしい量の原動機付き自転車こと原チャリが我先にと仕事へ向かう光景である。雨が降っていても台湾は原チャリがやたら走っている。とにかく原チャリと日本車が走っている。それと並行して戦慄も走っているのが台湾ロードなのである。
 
私は朝食を食べるのをあきらめてホテルのエレベーター前の自販機でミネラルウォーターを購入してそれを朝食代わりにがぶ飲みした。全く腹持ちするわけもなく空腹は増すばかりだ。別に西式健康法を推奨しているわけでもラマダンでもないのだが、もう台湾の食についていける気がしない。美味しいかどうかが現時点でも未だわからないのである。
 
とにかく時間が余りすぎている。
スマホとガイドブックを見ながらいろいろ吟味したのだが
ホテルのチェックアウトは10:00。
帰りの飛行機の離陸時間は16:00。
搭乗手続きを考えて2時間前に空港に到着するように考えたとしても、4時間ほどの時間が存在する。
その4時間をどう過ごすかを考えるのも面倒になっていたので、映画ターミナルのトムハンクスのごとく空港で時間をつぶそうとホテルをチェックアウトするとともに空港へ向かうことにした。
4時間ならぼーっとしてれば何とかなる。
それはとても安易な考えである。
大事なことなのでここで二回言っておく。
それはとても安易な考えである。
ホテルを出るとそこにはすでに日本人を待ち構えるタクシーがいた。そのタクシーに乗り込み私は自慢の台湾語でドライバーに伝える。
「ションシャンジーチャン」
空港からホテルへ行く時よりもスムーズに事が運ぶ。どうやらションシャンジーチャンは通じたようである。ドライバーは無言でウインカーを出し、アクセルを踏み込んだ。
動き出したタクシーの中でスマホに着信があった。
 
見知らぬ番号からである。
 
「エバー航空のシャンです。お知らせがありましてご連絡いたしました」
 
なにやら不穏な気配である。
シャンさんはとても上手な日本語だった。ここ数日聞いてきた片言な日本語とはわけが違う。
「現在、お客様が搭乗される予定の便が日本の大雪のため出発が遅れる可能性があります」
日本は大雪らしい。ここ台湾ではTシャツの人をときどき見かけるのにである。飛行機が飛べないほどの大雪であることを全く知らずにいた。
「したがいましてまだホテルを出られないようにお願いしたいのですが」
 
もう完全に出てしまっている。
 
「欠航の可能性もありますのでそのようなお願いをいたしております」
 
これはあれか、わし、やらかしとるな。
 
事実を告げなくてはならない。
 
「あのー、もうホテル出ちゃったんですが」
 
正直に伝えるしかない。
「あーぁ、さようでございましたか。欠航する場合はまたご連絡いたしますので連絡が付くようお願いいたします」
そう言って電話は切れた。
「あーぁ」って言うなよ。
絶望感が増すではないか。
これはひょっとしてまずいことになっているのではないか。大使館とかに駆け込む感じになるのか。しかし、大使館とかあるのか。ホテルに一旦引き返したい気持ちをドライバーに伝える術を持たない私は、車窓に映る台湾の風景が霞んで見えていた。心は完全に折れていた。赤鬼渕に連続でバックドロップを食らった菊池のようにフラフラである。
 
10分後にはションシャンジーチャンこと台北松山空港へ到着したのだ。
早い、むしろ早すぎる。

松山空港でひたすら待つ

空港についてようやくスマホでYahooトピックスを確認すると、前代稀に見る大雪とのことだった。先週も東京には積もるほど降って、ようやく落ち着いたと思っていたのだがまさかの事態である。これは私を国内に入れないように日本政府が陰謀を企てたか、もしくは異常気象としか言いようがない。
空港のロビーで搭乗までの時間をつぶすしかない。搭乗までの時間がどれくらいなのかも見当もつかない。ましてや搭乗することができるかも現時点では不明である。
とりあえず腹が減っていたのでなにか食べようと思い、ウロウロした挙句、結局二階にあったモスバーガーでテリヤキチキンバーガーを頼んで食べた。台湾料理どころかこの空港にはまともな食いもの屋がない。しかもこの状況だからやたらと混んでいる。味は日本のモスバーガーとやはり同じである。
モスバーガーを出てもまだまだ時間があったのでお土産を買い漁った。
マンゴーの乾燥したものやマンゴーのキャラメルやマンゴーのチップスなど宮崎県でも買えそうなものばかりを購入し、荷物が増えるのを恐れて最小限で粗末すぎるものを購入した。
三国志フィギュアを購入しそうになったが関羽、張飛、曹操しかなかったので、なんで劉備がないんだろうと手を出すのをやめた。せめて趙雲を置いてほしいところである。
お土産を買うのもすぐに時間が経ち、さらに暇だったので三階の展望デッキへあがったのだが、雨が激しくなりはじめたので展望することもないまま1階ロビーへ戻ることにした。そんな展望をするよりこの先の展望をどうにかしたほうがよい。
やばい、やることが無い。
この時点でまだ正午になったばかりだった。
スマホを使うと充電が減り、欠航になった場合の連絡が受け取れない。スマホで時間をつぶせない上に特別な設備もないこの空港。ロビーで眠ってしまうのは気が引けた。周りからたくさん聞こえる中国語を聞いていると不安で仕方がないと言う理由でうたたねすら出来ずにいる小心者極まりない私である。今できる時間つぶしと言えばただひたすら
「一点を見つめる」だけである。
「一点見つめ」は得意だ。電車へ乗ってもスマホを取り出さず、文庫本も取り出さずただひたすら電車の床を一点見つめする。自分でもどうしてそうなったのかわからないが基本的に一点見つめする人になってしまった。だが、一点見つめの継続可能時間は大体において1時間が限界なのである。
あまりに暇なので場所を変えたり、空港内のコンビニでお菓子やお茶を買ったりしてみた。空港内のコンビニはあの匂いがしないが店員が横柄でおっかない。空港のコンビニは市内のコンビニと違ってレジ袋が存在した。テレビが見えるところへ移動したが台湾のニュースでも日本の大雪が報じられていた。これはマジで下手したら数日帰れないんではないかとテレビを見つめる目が白目を剥きそうになる。
 
この展開で言うと通常なら搭乗までにいろいろあったことを入力したいところではあるが、コミュ力が高くない私はなんとこの後の搭乗までの時間をウロウロしたり、座ってぼーっとしたりと10時間と言う時間を異国の空港ロビーでぼーっと過ごしたのである。
パスポートを取って高い航空機代を支払い、手にした成果は長時間ぼーっとすることが大多数を占めるこの体たらく。
20:00アナウンスが流れた。
どうやら飛行機は今夜飛ぶらしい
時間は決まっていないが飛ぶのは飛ぶからとりあえず乗れとのこと。坂上二郎以来のトビマストビマスの連呼に私の中の欽ちゃんの仮装大賞の得点ゲージが、ポ、ポロロロッロ、テテテテーレレと合格を告げるのである。
そんな曖昧な約束にすがるしかない状況であるが天は我に味方したとしか言いようのない勝利の感覚である。
 
つづく