東京ハードボイルド

インターネットを使い始めてからもうすでに20年以上の月日がたっていると考えるとなんだかぞっとする。

3年前に台北に行ったときのこと 第三章 ニイハオ台湾


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これは3年前に台湾へ行ったことを電子書籍化した文章を、ブログ用に追記、校正したものである。全部で十三章になっている。
前回までのあらすじ
40歳になる前に海外旅行へ行ったことないおっさんが、台湾へ一人で行こうとしてパスポートを取ったりする。航空チケットやホテルの予約などに奔走し、ようやく空へ飛び立つ。

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第三章 ニイハオ台湾

台北に立つ

松山空港と言っても愛媛県に来たわけではない。
松山空港と書いて「ションシャンジーチャン」と言うらしい。松山空港があるのは松山区であるから、ションシャン区と言うことになり、着陸する飛行機の窓外に見えるのはションシャン区の空と言うわけで、思わずモーガンフリーマンを探すのだが、そこにモーガンフリーマンはおらず、ティムロビンスもいないのである。どうでもいいことに脳の一部を働かせている間に、とうとう台湾に着いた。

松山空港で出国手続きをする。ゲートを出て自分の荷物が出てくるのを待つ。気分的には回転寿司でハマチが流れてくるのを待っているときと同じ気分だ。

周りは大きなスーツケースだとかコロコロのついたやつとかなのに、私だけ赤いアディダスのボストンバッグを待っている。
高校生の部活の遠征みたいでちょっとカッコ悪いが、そう言えば一人で初めて東京に出てきたときも、このボストンバッグだったなぁなんて考えながら 、ベルトコンベアから出てきたそいつの持ち手を握り抱え上げるのである。実に重い。そのボストンバッグを持ってロビーへ向かった。
 
ロビーで2万円を台湾元に両替することにした。ちなみに両替の際はパスポートが必要である。宝くじ売り場のように小さい両替所の窓口に立つ。何か言われたがとりあえず用紙が出されたので、置いてあった見本を真似して記入した。何か説明されているが日本語は通じないので、空気を読む力量がためされた感がある。日本で両替していった方が良かったかもしれないと感じながらもなんとか無事に両替ができた。あとはホテルへ向かえばよい段階である。
 
台湾の空は深いグレーだった。雨はまだ降っていない。
空港を出ると無数のタクシーが並んでいた。一台のタクシーに近寄ると扉が開いたのでそのまま乗り込んだ。運転手は初老の男だ。
私の台湾第一回目のコミュニケーションはこの初老のタクシードライバー。
 
「ホテルサンルートへ行ってください」
 
それだけを言った私にタクシードライバーは言った。
 
「サルトン?」
 
早くも挫折しそうになったが、タモリの四カ国麻雀風に大げさなイントネーションでもう一度言った。
 
「ホォテェィルツアンルーツォ」
 
 ――
 
まさかの展開がこの後訪れた。
 
「オーケイ、サンルートタネ」
 
10分後、無事にホテルサンルートのエントランスに私は立っていた。
イケル。私でもなんとかなる。タモさんありがとう。私もあなたの作品の一つです。
 
「いらっしゃいませ」
 
フロントから当たり前のようにその声が聞こえたがここは台湾である。
ホテルのフロント係の人はちらっと見ただけで私が日本人とわかるのがすごい。それとも台湾人でも中国人でもいらっしゃいませと挨拶する仕組みなのか。わざわざ海外に来たのだが特別な雰囲気もなく、日本のビジネスホテルに泊まる時と同じ感覚である。
いつものように手続を済ませ、部屋のキーを受け取ってエレベーターに乗った。エレベーターの中には地下一階にある大戸屋のメニューがあった。東京でもたくさんあるお店が台湾にはいろいろあることは知っていたが、まさか大戸屋までもがあると言うのには若干驚いた。
しかし、せっかく台湾まで来て大戸屋を利用する人なんているのかしら。どんだけ大戸屋好きやねん、と思っている間にエレベーターは目的の階に止まった。
私の部屋はエレベーターすぐの部屋だったが、通路で従業員らしき人とすれ違った。
 
「いらっしゃいませ」
 
そう言われて私も咄嗟に
 
「あ、どうも」
 
と応えた。
ここは台湾なのか。
実は私はまだ品川か新橋あたりにいるのではないかと思いつつ部屋のドアを開ける。
 
部屋に入ってもごく普通だった。台湾のホテルはトイレットペーパーを流すなと注意書きがあると、ネットで見たのだがそんなものはない。日本と違うこととはちらっとつけたテレビ番組ぐらいだった。テレビの内容が違うのもよく考えたら国内でも起こりうる事柄である。しかし、日本語ではないと言うだけの違いである。
 
私は荷物を置いてベッドに五分ほど寝そべって天井を見上げながら、台湾に来た実感を味わうためにまずは外に出ることにした。
霧のような小雨が降りだした。時刻は夕方四時だった。

行天宮と関羽

ここから一番近い観光スポットは何処だろうと、持ってきた『地球の歩き方』を開いてみた。普通は事前に調べるところだが私としたことが、スマホさえあれば何とかなると思っていたので、ガイドブックは流し読みだった。
料理の写真がとても美味しそうだと思いながらこれも食べたいなぁと、のんきにページをめくっただけなのだ。現地についてからがガイドブックが活躍することになる。
ここから一番近い観光地はどうやら行天宮である。神社のようなものだ。
 
「関羽」と言う人をご存じであろうか。三国志を読んだことがある人なら必ず知っている関羽雲長という人で、諸葛亮に並ぶ主要人物である。私も三国志ファンであるので、映画「レッドクリフ」の関羽が笑い飯の西田に似ていたとか、曹操がさまぁず三村に似ていたとか周瑜がガレッジセールのゴリに似ているとかトニーレオンファンに叱られそうなことを感じていたことは事実だ。
話を戻すと、その関羽はそろばんを発明したとも言われていて、商売の神様としても武術の神様としても祀られているのである。
そんな関羽神社が近くにあるのだから、真・三國無双シリーズをやりこんだ私が行かないわけにはいかない。
さっそくホテルの部屋を出てガイドブックに付属した地図を見ながら歩いて行った。と言ってもただひたすらホテルの前の通りを真っ直ぐ歩けばいいだけだった。
 
徒歩5分ほどでそれらしき建物が見えてきた。
信号待ちで立ち止まっていると、なにやら花火みたいに長い線香を持ったおばさんが私に近づいてきた。
なにか言っているのだが、中国語のようでさっぱりわからない。最後の「サンジュウゲン」だけがはっきりわかった。
どうやらこの線香を買えと言っているようだった。NOとしか言えない日本人な私は
「ノーマネーでフィニッシュです」と栄作ばりの真顔で言い放ち、怪訝そうな顔をしているおばさんから逃げるように横断歩道を渡って行天宮に到着した。
 

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建物の中に入るとおぞましいほどの人だかりがあった。新宿中央公園の炊き出しとか、年越し派遣村みたいな光景が眼前を覆う。旧正月の余韻でまだ人が多いようである。
日本の神社のような厳かな感じはなく、そこにいる人たちは必死の形相で我先にと前の方へ向かっていく。完全に宗教のそれなのだ。当たり前である、宗教施設なのである。その空気感に圧倒されてぼんやり遠くから見ていた。
  • 土下座しているのかと思ったら祈祷を受けている人。
  • なにかを床にぶちまけている人。
  • 線香を大量に持っている人。
  • 天を仰いで奇声を上げる人。
何とも言えないカオスが私の眼前に広がっている。
なんだか、子どもの頃に父に連れられて行った大阪天王寺動物園付近の、あの地域を思い出した。大阪出身の40歳以上の人ならわかると思うが、それはおぞましい地域なのである。三国志でいうと張飛みたいなおっさんが片足の靴がない状態で、大関ワンカップを飲み干した後の空っぽの瓶を握りしめて寝転んでいた地域だ。
遠くに見える関羽像を心の中でまんまんちゃんあーんしておいて、ここは早々に退散することにした。
あれほど行ってみたかった関羽の祀られた行天宮だったが、幼少期のトラウマをフラッシュバックさせるだけのつらい思い出になった。
やっぱり神社は日本がいい。観光気分でいたいのである。
 
つづく