東京ハードボイルド

インターネットを使い始めてからもうすでに20年以上の月日がたっていると考えるとなんだかぞっとする。

ガンが奪っていくものと置いていくもの


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先日、有名な歌舞伎役者が元タレントの妻をガンで亡くしたという報道を見た。テレビではワイドショーではなく報道番組で伝えられたらしいが、それほど世間的には印象的出来事だったと言うことだろう。
長らく闘病していたことも、テレビをあまり見ない私でもネットで何度か目にした。ブログを始めたということも知っていたが、そのブログ見ることはなかった。

ガンと有名人

同じ時期にガンになって手術した元女子プロレスラーはすでにメディアに復帰している。健介氏に自然な笑顔が戻っているのかは別として、若いころ女子プロレスを見に行ったことがある私としては、ブル中野とともに伝説的存在として輝いている彼女には元気でいてほしい。

健介の嫁のようにその女性もガンを克服してメディアに復帰するのかと思っていたが、残念な結果になった。

ガンで残された家族

その後、ネットでは妻が他界したというのに普通にブログを更新していたり、仕事をしている歌舞伎役者を見て、ブログを更新できるメンタルはいかがなものかと言ったような話題もちらほら出ていた。

状況はいろいろある。幼い子供がいるとか、伝統芸能の世界だとか、有名人夫婦だとかいろいろあるが、命と向き合ういい話題かもしれないと、無関係ながら考えさせていただける内容である。

幼馴染だった友の父の死

そんな状況を見て思い出したのは、小学二年生の時に幼馴染のヒデキ君のお父さんがガンで亡くなった時のことだ。

彼のお父さんは長らく闘病生活をしていた。おそらく2年ほどだったと思う。病名は悪性リンパ腫と言う病名だった。子供だったからその病気について詳しくは知らないが、彼から聞いた唯一の情報でその病気は一般的にガンといわれるものである。どこの病院に入院しているかなどもあまり話したがらなかったため、見舞いなどにも行ったことはない。

彼の家族はがんで入院している父と、パートで働いている母と、中学生の姉がいた。私と彼は家がものすごく近い。ダッシュで45秒ぐらいで行ける距離だ。彼とは幼稚園の時から友達だが、彼の父を一度も見たことがなかった。

 

初めてお目にかかったのが遺影である。
彼は父親にそっくりだった。

 

葬儀場で見た彼は特に悲しそうな素振りも見せず、いつもと同じ感じであった。なんならクラスメイトを見つけると、軽く笑顔で手を振っていた。

その遺影を見た葬儀の翌日、彼の家に行って彼を公園へと誘った。何らかの励ましのつもりだったのか自分でも今となってはわからないが、子供ながらに気を紛らわしてやりたいという感じのことを思っていたのかもしれない。

 

公園のブランコに乗りながら無邪気な質問をしたことを覚えている。

「なぁ、お父さん死んで悲しいん?」

怒っている人に怒っているのかと聞くと大体怒られるのであるが、そんな野暮な質問してはいけないと言わんばかりの質問をしたのである。

「そうやなぁー、悲しいんやけど、ちょっと嬉しいのもあるねん」

とても意外な答えが返ってきた。

「もう父ちゃん長いこと入院してたやろ。だから、みんな家族全員疲れててん。だから、死んでくれてほっとしてんねん」

ブランコを漕ぎながらまるで夏休みの宿題を全部終えたかのようなすがすがしい顔でそう言った。

「痛くて苦しんでる姿も見んで済むしな」

そう言うと苦笑いみたいな顔でこっちを見ていた。
今みたいな夏に入る前の少しだけ蒸し暑い季節だったことを覚えている。

ガンが置いていくもの

外側から見るとただの人の死であるが、身近な人間からすると、長い闘いの終わりでもあり、ようやく掴み取った安堵なのかもしれない。

しかし、1ヶ月ほど経ってから彼は次第に無口になった。
始めはドライな受け止め方にだった彼も、成長とともに母子家庭の不利な状況を実感して、時々心を腐らせた。

「俺んちは片親やからな」

いろんなことをあきらめる理由にそれを持ち出すこともあった。
ガンは遺伝するから自分も長くは生きられないということをいうときもあった。

ガンが置いていったものを一生抱えて生きていく身近な人間の負のメンタルを、直すための精神医療ももっと発展する必要があると感じた。

 

私の父は80才を過ぎている。母は70代だが、二人とも健在だ。しかし、何年も会っていない。ただ年齢的にそろそろ天寿を全うすると考えてもいいかもしれない。このままでいいとは思っていないが、会ったところで何もしてやれないと考えると、考えることからも逃げてしまう。

死に対する残される側の感情は、本人にしかわからないし、状況や環境でも変わるのである。

歌舞伎役者がブログを更新できるメンタルに、どうこう言ってしまう人ほど、あまり身近な人の死に直面してないのかもしれない。病気で死ぬという事は意外なほどドライで、悲しいくらいにリアルなものなのである。

ガンで死ぬ人がいなくなるくらいに医学が進化するのがいつになるかはわからないが、ガンでなくても人はいつか死ぬ。

生きることを少し真剣に考えてみる時間を持てる出来事だった。

冥福を祈ります。