東京ハードボイルド

インターネットを使い始めてからもうすでに20年以上の月日がたっていると考えるとなんだかぞっとする。

3年前に台北に行ったときのこと 最終章 新宿チェイサー


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 これは3年前に台湾へ行ったことを電子書籍化した文章を、ブログ用に追記、校正したものである。全部で十三章になっている。

前回までのあらすじ
40歳になる前に海外旅行へ行ったことないおっさんが、台湾へ一人で行こうとしてパスポートを取ったりする。航空チケットやホテルの予約などに奔走し、ようやく空へ飛び立つ。台湾に到着後ホテルへ向かい、すぐに観光に出かける。まずは行天宮に向かって人の多さに圧倒される。その後、近くにある占い横丁へ向かい占いを堪能し、腹が減ったので夜市へ向かうことに。夜市では思った以上に食文化の違いにカルチャーショックを受け、結果日本食の定食屋で夕食を食べ、翌朝の朝食を買うためにコンビニへ向かう。無事に朝食をゲットして翌朝、ニニ八公園へ向かうことにしたが、雨で誰も公園にいない。国立博物館へ向かう。博物館を堪能して総統府と台北駅に立ちよったが昼になり腹が減ったので小籠包を食べるためにさらに歩いた。しがし、小籠包をあきらめさ迷い歩いた先でラーメン屋に入る。ラーメンを食べることに成功したあと、ラーメン屋と同じデパート内にあるサウナに行ってみることにした。初体験のサウナでさらなる未知の体験をして、そそくさと雨の中を歩いてホテルに帰り、二日目を終えた。そして帰国の朝を迎えたのだが、日本が大雪で飛行機が飛ばない事態になり空港でただ何もしない時間が過ぎる。深夜になりようやく飛行機は飛んで日本に向かった。羽田空港に到着した。

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最終章 新宿チェイサー

風林火山

まだ、口々に不安をこぼしている民衆をすり抜け、私は早足に荷物がぐるぐる回る例の巨大回転寿司みたいな場所で自分のアディダスの赤いボストンバッグをネギトロの軍艦巻きを待つかのごとく凝視していた。
こういう時の私の運の良さは我ながら驚くときがある。
懸賞なども意外と当たることが多い私だが、箱根旅行が当たった時よりうれしかったのが、この時のアディダスのバッグの出てくるタイミングである。
ほかの乗客たちの重そうなスーツケースやコロコロケースを横目に、私は部活系ボストンバッグを軽々と持ち上げ、税関的なものも華麗に通り過ぎ、誰よりも早く振替輸送バスの受付に辿り着き、名簿みたいなものにサインをした。サインしている途中に後ろから人が押し寄せたが、わき目も振らずに新宿行きと書いた紙が貼ってある方向へ一目散に駆け出したのである。
 
疾きこと風の如くである。
 
おそらく、周囲からはあの人なんで急いでるんだろうと思われていることが容易に想像がつくのだが、君たちは甘い。甘すぎる。
タピオカミルクティーのタピオカぐらいに甘いのである。
東京の土曜の夜をなめてはいけない。腐ってもサタデーナイトフィーバーなのである。ましてや大雪が降ったような後となればなおさらである。ぼんやりしていたら拠り所を失うことを彼ら彼女らは分かっていない。いつまでも観光気分が抜けないおめでたい奴らだ。人生がいくら円滑に過ごせていても、今回ばかりはそういうわけにはいかないのだ。
 
バスに乗り込もうとするとドライバーが息を切らした私に言い放った。
「荷物は下のトランクルームに置いてもらってもいいですよ」
親切で言ってくれているのは十分承知だが、そんなことをしてしまったらバスを降りた時にここまでのアドバンテージがチャラになってしまう。自分の行動を決めるのは自分でなければならない。自分のタイミングを逃すような境遇に自ら進んでしまうことは、今一番やってはいけないのだ。
「すいません、座席で邪魔にならないように抱えますんで」
そう言って私はバスの中ほどにある降車口最も近い席に座った。ただ静かに、息を殺し、誰にもこの作戦を悟られまいと。
 
徐かなること林の如くである。
 
二つ並んだ席の奥側に座ったのだが、これではいけないと感じ、後から来た若い男性に席を空け、私は降りやすいように通路側に座りなおす。20代ぐらいの若い男性が私に話しかけてきた。
「荷物大丈夫ですか」
認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを。
まだ、若すぎて自分が重大な過ちを犯していることに気が付いていないらしい。
断言しよう。
君は新宿駅で降りた後、路頭に迷う。
 
私は若い男性に向かって苦笑いをしながら言った。
「軽いんで、大丈夫」
それ以上は私が伝えるまでもない。
身を以て知れ、そして、成長の糧とすればいいさ。
 
あっという間にバスは満員御礼状態となりドアが閉まり羽田空港を後にした。この規模のバス、このルート。おそらく到着は西口だ。残り少ないスマホの充電を気にしながら、私は新宿駅西口の自分が行ったことのあるマンガ喫茶やネットカフェをスマホで検索し、今日のこの状況で最も空席の可能性がある場所は何処かと推測を立てていた。
 
マンボ―はおそらくもう空席はない。
ポパイもおそらくダメだ。
狙うはビックカメラからほど近いバグース。
ボックス席は無理だとしてもオープン席で始発まで過ごすのは可能なはず。最悪の事態を想定してカラオケボックスの位置もグーグルマップで確認する。
ふと外を眺めるとバスの外の景色はそれほど雪が降った後の感じはなかった。大半が解けてしまったのかもしれない。
 
バスは首都高を走り抜け光がつつむ街、新宿へとたどり着く。私の推測通り新宿西口のヨドバシ本店前にての降車となった。私は扉が開いたと同時に歩みを進めた。ボストンバッグを抱え誰よりも早くバスから遠ざかる。
振り向くとバスのトランクルームから荷物を出すために必死な愚民どもが、私の視界から小さくなっていく。
最短距離をすでに考えていたおかげで思い出横丁前の横断歩道を渡り、ネットカフェがあるビルに到着した。


ネットカフェがあるのは7階。エレベーターが来るのを待つ間に息を整える。エレベーターが到着したことを知らせる明かりが着いたと同時に後ろから足音と話し声が近づいてきた。
やばい、つけられたか!?
足早にエレベーターに乗り込み人影が見えるか見えないかのタイミングでドアが閉まり、エレベーターは私を7階へ運んでいく。間一髪である。
7階について悠々とカウンターに向かうと
 
「いらっしゃいませ」
 
当たり前のように日本語で迎え入れられる安心感を抑えつつ、小声で叫ぶように声を絞り出した。
 
「空いてる席ありますか」
 
ごく一般的な問いかけであるが、終電が終わった後の新宿のネットカフェではやや愚問と言っても過言ではないのだ。店員は私の問いかけに対し、難色を示したような顔つきで応えた。
 
「すいません。今日はすでに……」
 
ん!
神は居ないのか。
 
「ボックス席が満員なのでオープン席が一つだけ空いてますが……」
 
それでいいい。
それで十分だ。上出来じゃないか。マスター、そいつを私がオーダーする。
 
侵掠すること火の如くである。
 
残り一席しか空いていない席をピンポイントで狙って仕留める。ピンホールショットである。新宿西口に掲示板がまだあるなら「XYZ」と書きたくなるほどの、後がない状況を見事なまでにスナイプしたのである。
 
「では身分証明書をお持ちですか」
 
パスポートではなく運転免許証を出し、カウンターの上で受付表に名前を記入していると、後ろでエレベーターが開く音が聞こえた。ちらりと振り返ると満員のエレベーターから降りてくる数名の人。
カップル二組と男が一人。間違いない。
 
全員、あのバスに乗っていた人たちである。
あの私の横に座っていた若い男もいた。受付表を書き終えた私は伝えられた番号の席へ向かう。その前にドリンクバーでコーヒーを注ぐ。
 
「すいません。現在全席満席となっております」
 
カウンターから聞こえてくるその声の後に落胆する人々の声が、私を最上級の優越感へと誘う。当たり前だ。最後の一つの席は私の用意周到な行動により売り切れたのだ。
 
だから言っただろう。
甘すぎるのだ。
お前たちの脳は所詮タピオカミルクティーなのである。
 
オープン席は真横にたくさん人がいるので眠れる感じではないが、それでも根性で寝ている人もいる。電車で寝るよりはマシな状態だ。
私の横には家出してきたみたいな若い女性が右側に、左にはネットゲームをやっている眼鏡のサラリーマン風の男性。
おそらく皆、始発を待っている。
私はようやく安堵の面持ちでカウンターで伝えられた番号の席に着いた。
 
動かざること山の如くである。
 
私は目の前のパソコン画面を見つめマウスを数回クリックして出てきた検索窓に「中央線 新宿 始発」と入力した。久しぶりにパソコンと対峙するのだが、パソコンの便利さに感じたことのない安堵を覚える。
あと4時間ほど、私はここで時間をつぶすこととなる。
モニターの明かりを見つめながらこの旅を振り返っていた。
 
準備から考えると1ヶ月あまりを費やし、2泊3日の海外。
使用した金額は結局12万円ほどとなった。
そのうちの最終日はほとんどぼーっとして過ごし、常に空腹で、常に悪天候で、常に孤独であった。このごちゃごちゃした新宿ですら居心地がよく感じるぐらいの安心感。
決して台湾が悪い訳ではない。
何一つ悪いものなどないのである。
 
ただそのすべてが、自分の人生と言うドラマに必要なシーンだったのだから。
 
何度かドリンクバーにコーヒーを継ぎ足しに行って、何気なく検索に出てきた誰かのブログに目をやり、気が付くと始発が動く時間が近づいていた。
オープン席を片づけ、ネットカフェのカウンターに行って支払いを済ませ、クーポンを貰ったりしながら、さっき手にした優越感の安っぽさすら忘れてしまっていることに気が付き、あくびをしながらエレベーターに乗った。
 
何年ぶりだろうか、徹夜明けの朝。
新宿西口は明け方でも人がたくさんいて相変わらずの焦燥感が漂っている。改札を抜けてホームに立つと土曜の夜に遊びつくしたチャラい人たちに紛れて電車を待つ。
見慣れたオレンジ色の憎いやつこと中央線が到着してドアが開いた。
下りの始発は朝日に追いつかれないようなスピードで西へ向かって走り出した。

積雪

1時間ほど電車に揺られ、自宅に着いて荷物を置いてすぐに駐車場の雪かきをした。新宿にはもうほとんど積もっていなかった雪だが、自宅付近は大げさなほどの積雪である。東京は23区内と郊外で気候が違う。
一睡もしないままの肉体労働はさすがに痺れる作業であったが、何もできずに10時間を過ごしたことを考えるとお安い御用である。
駐車場に停めている自分の車の上に積もった雪だけではなく近所の人の為に駐車場全体の雪かきをしていた。
始めは私一人だったのだが、近所の人たちも出てきて数人で雪かきとなった。
「こんなに積もるとは思わなかったねぇ」
時々エレベーターの中であいさつするおじさんが話しかけてきた。私は目の下のクマを振り払うほどの笑顔で応えた。
 
ですね
 
数か月後、私は40歳となっていた。海外旅行をしたことによって何が変わったわけでもなく、39歳の時と変わったことと言うと、給料から介護保険料が天引きされるようになったことと、季節が変わり観葉植物に水を与える頻度が上がっただけである。
自分探しの旅などと言う言葉があるが、私の旅はそんな複雑な結論は生み出さなかった。
何処にいても、何時でも、結局、私は私なのであると再認識しただけなのだ。とにかく一人旅なんてものはとてもつまらなくて、不安で困窮すること間違いなしで、あとで笑い話にもなりはしない。ブログのネタとしては割に合わないのである。
 
まぁ、とりあえず生きていけばいいんじゃないかなぁ。
いつかまた、台湾へ行こうか。いかないか。
 
終わり