東京ハードボイルド

インターネットを使い始めてからもうすでに20年以上の月日がたっていると考えるとなんだかぞっとする。

スポーツもしないしバイクにも乗らないが骨折したその理由と咄嗟に対処したM氏


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ある程度、年齢を重ねると自分の人生は今後特段何もなく過ぎていくんではないかと、錯覚してしまいがちだが、42歳にして足首の骨を骨折したことについて今回は文章を綴ることにしている。

骨折足の骨が折れるとき、そこには痛みが訪れる。

そんな当たり前のことを足の骨は私に教えてくれた。

足の骨を骨折したことがある人なんて、山ほどいるがそれをわざわざ文章にしてしまおうと考える人がいないだろうと、勝手な想像において生まれた文章であるので、興味がない方は思い切ってこの先を読むのをやめて、冷蔵庫に入った牛乳の賞味期限チェックでもしてなさい。


しかし、心にぽっかり穴が開いた時には、この先の文章を読んでいただければ幸いである。その穴が埋まるかどうかは別として、こちらが勝手に幸いなのである。

不注意でもなんでもなく悪魔がほほ笑んだんだ

さて、その日の私はどちらかというと気分はあまり上向きではなかった。

一緒に仕事している仲間の一人が休暇を取り旅行に出かけることになり、その分の仕事のしわ寄せが私に降りかかり、若干忙しい朝だった。
事務処理が終わり、ちょっと小用を足しに階下のお手洗いへ向かおうとして階段を下りていた。


一歩、いつもと同じに。何なら鼻歌交じりで。
リズムよく。


あれ、スピードが乗ってきた。
四歩、止まらない。
なにこれスゴイ。
やばい、すごい勢い。
足が速すぎて見えない。


あ、いま、足の関節外れた気がする。

マンガ見たい!あ!痛い!

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と言った具合に、私のいつもの朝は音を立てて景色を変えたのだ。
階段の一番下まで転げ落ちた私はその場で右足首を抑えた。

「うぐぅ」

ぐうの音も出ないとはよく言ったものだが、この時の私はうぐぅの音が出た。

「どした?おい、大丈夫!」

そう言って二階から降りてきたのはM氏だ。


「立てるか?」


「サーセン、多分折れてます」


足首の痛みがじわじわと激痛になり、体を支えるために地面に着いた右手も激しい痛みを帯びていた。


「ちょっと待ってろ、救急呼ぶから」


そう言ってM氏がスマホで救急車の要請を始めた。
激痛の中、私は頭が真っ白になりつつも何とか立てないかと力を入れようとするが、体全体に力が入らない。
これはまずいなぁ――

そう思って言るとM氏が電話を終えた。


「今救急来るから、ちょっと我慢な」


あぁ、なんと頼もしい。なぜに、こんなに慣れているんだ。
そうこうしているうちに抑えていた右足がだんだん腫れてきた。

しかも、しょんべんがしたい。

痛みで意識が朦朧としてきたけど、なんだか救急車呼んだりとか大げさなのは嫌だなぁとか変な感じがしている。

M氏は倉庫の入り口に立って、救急車が来るのを待っている。
どこからかサイレンの音が聞こえてきた。

救急車到着

「こっちでーす」


M氏が誘導する声が聞こえる。
救急隊が入ってきた。

 

「はい、お名前よろしいですか」

 

名前を確認されて返答すると瞳孔の確認のために目を開かれ
ペンライトを当てられた。
まぶしいなぁと思いつつも、足の痛みが耐えられないほどになってきたので
ここらで何とかしてほしいと思っている。

しかも、しょんべんがしたい。

ストレッチャーと言う名の機能的タンカが近くまでやってきて
体を救急隊員に抱えられてそのストレッチャーに乗せられた。
足が痛いと言っているのに意外なほど足を強く持ち上げられた。

 

「搬入先の病院を今当たっていますのでちょっと待ってくださいね」


そう言っている間にも足がものすごく腫れてきて、足首に心臓が出来たかのように
ジンジンと鼓動をする感じの痛みが走る。

 

「労災みたいなんで、警察を呼びますね」

 

こんなシチュエーション自体が初めてだったので知らなかったが、事件の可能性があるかもしれないからと言う理由で、どうやら警察が現場検証をするようである。

 

「では救急車に乗りますね」

 

ストレッチャーが動き出した。

寝ている状態で足が痛すぎて意識もあまり明確ではないが
外に出ると近所の人が人だかりを作っていたように思う。

救急車に乗せられると同時に警察が到着したようだ。

 

「お話はできますか」

 

そう言っておまわりさんが救急車に乗り込んできた。
聞かれたことは住所や年齢などの普通のことと
誰かに押されたとこの事件ではないですか?とか
自分で転んだので間違いないですか?
とかの普通の質問だけだった。

一通り聞かれた頃に救急隊員が私に声をかけた。


「病院が決まりましたので救急車動きますね」

 

そう言われておまわりさんも救急車から降りた。

そこにM氏がやってきて

 

「これ鞄と俺のクロックス」

 

足が腫れているので治療後に靴がはけないと見越して
自分の使っているサンダルを私に貸してくれた。

 

「残った仕事はできる範囲でおねがいしますね」

 

残してきた仕事をM氏に託して
救急車は動き出した。

救急車の中はサイレンの音でとても五月蠅いが
ようやくここで応急処置的なことをしてもらった。
包帯を巻いて取り合えず足首の関節を固定してもらった。

自分がまさか救急車に乗ることになるとは思ってもみなかった。
搬送されたのは車で10分ほどの病院なのだが、足の痛みのせいか
到着までにすごく時間がかかったような気がする。

しかも、しょんべんがしたい。 

病院到着

ストレッチャーに乗ったまま救急車から降ろされたが
病院の緊急搬送口で病院用のストレッチャーに乗り換えなければならず、またしても見知らぬ複数の人々に抱えられ
病院移動用のストレッチャータイプのベッドへ移動した。
ベッドに移動したら看護士さんに押されて救急患者用の簡易的な病室へ移動。
ここで待っていろと言うことを看護士さん告げられて、ピンクの薄手のカーテンを閉められた。
私は全面ピンクのカーテンの中に閉じ込められた。


そんな最中も足首が激痛を発していたのだが、仕事を残してきたことが心残りで
そのピンクのカーテンの中でスマホを取り出し、LINEでM氏に連絡をした。

 

「すいません、発送の準備まではできてるんで後は頼みますね」

 

すぐに返信があった。


「そんなことはいいけど、もし迎えが必要だったら車で行くから連絡してよ」

 

残してきた仕事はそれほど問題なく進みそうなので胸をなでおろす。

どれくらい時間が経ったかわからないが、看護士さんが来た。
こんなに足が腫れているのに長々と放置された気がする。


どうやらこのベッドに乗ったままレントゲンを撮るらしく、そのまままた移動した。
レントゲン室に運ばれて痛い足をかなり動かしてレントゲンを撮られる。
いろんな角度から撮られたが、これまで痛すぎて自分で患部をじっくり見ることが出来なかったのに、いやでも2倍ぐらいに腫れた足首をまじまじと見る羽目になったが
見た感じの感想としては醤油で煮つけた豚足みたいな色と形状だった。
醤油と言うよりももっとグロテスクな紫色だった気もするが
形容のしようが無い色彩を放っている。

 

レントゲン撮影が終わると、またしてもピンク色の部屋に戻された。
そこからおそらく30分ほどが過ぎて、なんとなく痛みもそれほどでもなくなってきたので、仕事が残っているから帰ろうと勝手に思って、M氏にLINEした。


「迎えに来てもらってもいいっすか」


そんなLINEを送ってみるとM氏は即効迎えきたのだが
そのタイミングで処置室に呼ばれ、またベッドごと連れて行かれた。

そして、白髪の態度の大きいガリガリに痩せた博士みたいな医師が私のレントゲンを眺めている。

 

「3か所折れてる」

 

白髪ガリガリ医師は釣り上げた大物の魚拓を見つめるようなしたり顔で、これはきれいな骨折だと言わんばかりの表情を見せた。

 

「手術するけど家はどこなの?」

 

家が遠いことを伝えると地域協力と言う言葉が飛び交い、あれよと言う間に私の自宅の近所の病院への紹介状が用意されて、適当な感じで包帯を巻かれてその日は帰っていいことになった。明日、自宅の近くの病院に向かう。

処置室からピンクの部屋へストレッチャーごと元の位置に戻されると、看護士の女性から

「今日はこれで終わりなんで帰っても大丈夫ですよ」

と言われた。それを言った看護士はそそくさとどこかへ行ってしまったが、ふと疑問に思ったのは松葉杖とか車いすとか何の準備もしてもらえないようだということ。
どうやって帰ればいいんだろうと考えつつ、足を着くことは無理なのでケンケンするしかないと片足で跳んでみたのだが、その振動で激痛が走るためすぐに断念。

途方に暮れているところに迎えに来てくれたM氏が車いすを持って登場した。本当に何から何まで彼のおかげで私は生きている。

車いすに乗せられM氏の車の後部座席に乗り、一旦職場まで戻って残務を終わらせ、

ようやくしょんべんをした。とてもでた。

翌日入院してその後手術

そして定時まで結局働いて帰宅する。普段は電車で通勤しているのだが、電車は無理そうなのでまたしてもM氏に甘え自宅まで送ってもらった。

翌日、最寄りの大きい病院へ行き手術して入院と言う流れになったのだが、入院の経験は子供の頃あったものの、手術の経験が無かったので若干の不安を覚えた。何よりも初めての体験で痛みを覚えたのは尿道に挿す管の痛みだ。あれは激しく痛い。しょんべん垂れ流しである。

その後、入院生活を3週間過ごして退院したのだが、1か月の松葉杖生活となり、結局9月になってようやく職場復帰を果たした。

皆も気を付けるように

42歳にして足を骨折した感想としては、思った以上に体の感覚は年齢とともに低下していて、怪我した痛みもそれほどきつくないと思えるぐらい鈍くなっているため、骨折しているにもかかわらず、痛みよりも仕事のことや経済的なこと、はたまた今後の生活のことなどを考えることになり、痛いけどもそれメインではなく、むしろ必要以上に痛がってもしょうがないとしか思えず、一見痛そうに見えないような立ち居振る舞いとなると言うことである。

これって逆に幾つぐらいからちょっと痛いだけで病院へ行く老体になっていくのだろうかしらと、自分が老いていく恐怖をじわじわ感じていたりする。

階段から転落するなんて自分にはあり得ないと思っている人ほど、転落することを実証してみたに過ぎない出来事だった。

 

ちなみに、後日聞いた話だがM氏の亡き父は消防士で妹さんは看護士らしい。なるほど、知識があったと言うことね。